救急車で搬送された母

  • 2018.04.18 Wednesday
  • 23:35

15日日曜日。

 

翌日は母の92歳の誕生日。

 

そんな日の夜、姉から母が高熱を出して救急車で病院に搬送されたとの連絡。

 

血中酸素濃度が85しかなく、肺炎の疑いがあると言います。

 

血の気がすっと引く思いがしました。

 

とにかく着替えをまとめてクルマで実家に向かいました。

 

ハンドルを持つ手は震え続けていて自分でもかなり動揺しているのが分かりました。

 

父も誤嚥性肺炎で倒れ、救急車で病院に運ばれて、一命は取り留めたものの、その1年後に息を引き取りました。

 

その時の思いが胸をよぎりました。

 

これまで何度も重篤に陥ったけど、その度に奇跡的に回復してくれた母。

 

今度も奇跡を信じたかったけど、流石に血中酸素濃度が85と聞き、いよいよ覚悟しなければならないのだと思いました。

 

 

高速道路を2時間ほど走った時、姉から電話がありました。

 

やはりだめだったのかと一瞬思いましたが、姉の声が予想に反して明るい。

 

そして、

 

「検査の結果では肺炎ではなく、尿路感染で高熱を出した可能性が高いらしい。今は落ち着いて話もできるようになった」

 

とのこと。

 

それでも91歳の身体なので油断はできないとのことです。

 

病院に着くと深夜11時半でしたが、姉に聞いていた病棟の5階に行き、看護師に名前を告げて病室に案内してもらいました。

 

母は寝息を立てて眠っていました。

 

手をそっと握ってから帰ろうと思ったら、母が目覚めて私の手をかなり力強く握ってくれます。

 

「今日は検査に連れまわされて大変だったんだよ」

 

手の力もあるし、話せる母を確認して少し安心しました。

 

 

翌朝病室へ行くと、まだ熱が38度ほどありました。

 

10時から主治医から話があると言うので、姉と一緒に聞きました。

 

診断結果は確定ではないけど、尿路感染の可能性があること、胆のうも腫れていて胆のう炎の可能性もあるとのことでした。

 

そしてとにかく高齢なので心臓や肺の機能も衰えているので、万が一の時のことを覚悟して欲しいと言います。

 

その時に、心臓マッサージや気道挿管などの延命措置を選ぶかどうかについても聞かれました。

 

昨年、熱中症で入院した時にも聞かれた内容です。

 

姉は母の希望でもあり延命措置は要らないと言いますが、私は要らないとは言えませんでした。

 

そんな話をすること自体が嫌でした。

 

大体、母は過去にも4度危篤だと言われて蘇ってくれたんです。

 

こんどもきっと大丈夫だと信じて私は首を縦には触れませんでした。

 

 

その日の午後は姉の旦那さんの98歳になるお母さんの内視鏡検査があるとのことで、私一人でほとんど病室にいました。

 

週刊誌と月刊誌を買って来て病室で読んでいました。

 

途中で母は「どこかに気分転換に連れて行って」と言いました。

 

私が「入院したばかりだから無理だよ」

 

と言うと「そうだね」と言ってくれました。

 

 

翌日、実家から病院に向かっていると、姉から電話。

 

ひょっとしてインフルエンザかもしれないので、面会は禁止になったそうです。

 

ちょうどインフルエンザに罹った人が入院してきたのと、母の高熱の原因も尿路感染だと確定診断が出た訳ではなく、インフルエンザの可能性もあるそうです。

 

仕方がないので、引き返しファミレスでご飯を食べたり、コンビニでコーヒーを飲んだりして時間を潰しました。

 

するとまた姉からLineが来て「手を良く洗ってマスクをすれば短時間なら面会も可能になった」そうです。

 

すぐに病院に行くと、母のところに理学療法士が来ていてこれからリハビリだと言います。

 

「インフルエンザなのにリハビリなんて良いんですか」と聞くと、陰性だったそう。

 

そしてずっと寝たままにしていると心肺機能があっという間に衰えてしまうので、ベッドの上に座るだけでもやった方が良いとのこと。

 

理学療法士は、血中酸素濃度をチェックしながら母の胸を押さえたり、腕の上げ下げをさせます。

 

母はそれだけでハアハアと言うので、理学療法士は「今日はここまでにしておきましょう」と言いましたが、母は車椅子に乗って外の景色を見たいと言います。

 

理学療法士も息子の私が傍にいると言うこともあって、車椅子に移って病棟内を車椅子で軽く一周することを決めてくれました。

 

病棟の中央部にある面会室に行って、外の景色を見た母はそれで満足してくれました。

 

病室に帰ると母がおかしなことを言い始めました。

 

母の時計を私のズボンの中に入れたからそれを返して欲しいと言うのです。

 

前日に医師から高齢者が高熱を出して環境が激変するとせん妄状態になる可能性が高いと言われたことを思い出しました。

 

私は「じゃあ明日持ってくるよ」と母をなだめました。

 

こんな時に母の言うことを否定したりしてはいけないんです。

 

その日の夜、姉が行くとやはり、絶食中の母が「そこのテーブルの上にあるご飯を早く頂戴」とせん妄状態だったそうです。

 

父も入院してから一気に認知症が進んだので、母もそうなるのかなあとちょっと不安になりました。

 

 

その翌朝、また母の病室に行きました。

 

いつも通りに私の手を握ってくれました。

 

そして「私の鍵はどうなった」と聞きます。

 

昨日は時計だったのに、今日は鍵になっています。

 

「実家にあったから心配しないでいいよ」

 

と言うと、

 

「うそ。お前のポケットに私が入れたんだからポケットにあるはず」

 

だと言います。

 

昨日のことを覚えているのだから、せん妄状態ではあるけど認知症が進んだわけではないと思います。

 

そして「長い間の面会は禁止だからね」と言うと、「じゃあ、もう行かれ」と言います。

 

これだけしっかりしているのだから、きっと高熱の時に夢を見て、それが現実のことの様に思っているだけだと思います。

 

 

熱も平熱に下がった様です。

 

母は、また蘇ってくれました。

 

1カ月ほど前から急に歩けなくなったのも、きっと尿路感染か胆のう炎の影響があったんだったんだと思います。

 

結果としてそれの治療をすることになって、昨日も立ち上がって車椅子に乗れるようになったんだと思います。

 

 

そんな母の様子に安心して今日自宅に戻りました。

 

 

 

母が倒れた日曜日は午前中から夕方まで、愛犬達を連れてかみさんと一緒にサンちゃんの保護ママさんに会いに行っていました。

 

ワンコの服を数点買って、あと多少の寄付金包んで持って行きました。

 

30キロ以上離れた田舎町にあるショッピングセンターが保護ママさんの職場。

 

そこの屋上の駐車場で待ち合わせました。

 

最初、保護ママさんの姿を見つけた愛犬達は彼女のところまで一直線に私を引っ張って行きます。

 

保護ママさんも何度も「さんちゃ〜ん」と呼んでくれました。

 

ところがサンちゃんは保護ママさんの直前でUターン。

 

愛護センターからレスキューしてくれたのは保護ママの彼女だったけど、その後すぐに預かりママさんのところにいたからわすれてしまったんでしょうか。

 

それとも恥ずかしくて甘えなかったんでしょうか。

 

それでも保護ママさんは半年ぶりに会うサンちゃんを見て嬉しそうでした。

 

 

保護ママさんはサンちゃんの命の恩人。

 

そのサンちゃんのおかげで私達の家族も毎日笑いが絶えません。

 

そしてそんな私は母が生んでくれなかったらこの世に存在していません。

 

感謝という言葉なしでは人生を語れなくなってきました。

 

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